がんの疼痛と治療、ペインクリニックの役割

がんと診断された患者の多くは、病状の進行や治療過程で様々な痛みに直面します。がん疼痛はQOL(生活の質)を著しく損なう主因の一つであり、放置すれば日常生活の破綻や精神的苦痛をもたらします。国立がん研究センターによれば、進行がん患者の約60〜80%が中等度以上の疼痛を経験していると報告されています。

その疼痛に対して、「腫瘍内科」「緩和ケア外来」「ペインクリニック」はそれぞれ異なる視点でアプローチしつつ、相互に連携し、患者の苦痛軽減にあたることが求められます。

がん性疼痛の原因と分類

がん疼痛は、腫瘍の種類や部位、治療歴、個人の痛みの感受性などによって様々です。

(1) 腫瘍直接による痛み(腫瘍性疼痛)
骨転移による破壊・圧迫
神経への直接浸潤による電撃痛
内臓・体性・神経の複合痛(mixed pain)

(2) 治療関連の痛み
手術後の慢性疼痛(Post Surgical Pain Syndrome)
化学療法による末梢神経障害(CIPN:Chemo-induced peripheral neuropathy)
放射線線維化や皮膚炎

(3) 合併症に伴う痛み
褥瘡、便秘、リンパ浮腫など非腫瘍性の疼痛

(4) 神経障害性疼痛
がん疼痛全体の19〜39%は、神経障害性成分を含むと言われており(Bennett et al., 2012)、通常の鎮痛薬に反応しにくいことが課題です。
がん疼痛の治療:薬物療法と非薬物療法(標準治療)
(1) WHO方式三段階ラダー

WHOが1986年に提唱した疼痛治療の基本指針は、現在でも世界中で用いられています。

段階   痛みの程度   薬剤例
第1段階 軽度    NSAIDs、アセトアミノフェン
第2段階 中等度   弱オピオイド(トラマドール等)+非オピオイド
第3段階 強度    強オピオイド(モルヒネ、フェンタニル等)+補助薬

このラダーは、単なる階段ではなく、患者の状態に応じて柔軟に適用されます。

(2) アジュバント薬

抗けいれん薬(プレガバリン、ガバペンチン)
抗うつ薬(デュロキセチンなど)
ステロイド(脳転移や神経圧迫時)

これらは神経障害性疼痛への対処や、鎮痛補助として用いられます。
ペインクリニックの役割
ペインクリニックは麻酔科専門医による高度な疼痛制御技術で疼痛に対応します。

(1) 神経ブロック療法
腹腔神経叢ブロック(膵がん、胃がん)
仙骨神経根ブロック(直腸がん、婦人科がん)
交感神経節ブロック(骨盤内の痛み)

これらの神経ブロックにより、オピオイドの使用量を減らし、副作用も軽減できることが報告されています(Staats et al., 2001)。

(2) 高度介入的治療
髄腔内薬物投与(ITDD)
脊髄刺激療法(SCS)

これらの治療法は、総合病院で行われます。緩和ケア病棟や難治性がん疼痛患者に対して有効であり、欧米では標準治療の一部に位置づけられています(Deer et al., 2011)。
腫瘍内科・緩和ケア外来・ペインクリニックの連携体制
腫瘍内科では、抗がん剤、分子標的薬、免疫療法などで腫瘍そのものを制御し、痛みの軽減を図ります。ただし腫瘍縮小が即、疼痛改善に直結するとは限らないため、疼痛専門科との連携が不可欠です。
多くのがん治療拠点病院には、緩和ケア外来があります。専門医が、全人的苦痛(Total Pain)に対処し、心理・社会・スピリチュアルな面も含めたQOL支援を担います。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)も重要な役割です。

地域のペインクリニックの役割は、患者主治医と連携し、地域の「痛みの主治医」として、神経障害性疼痛や薬剤耐性、副作用で困難な症例に対し、局所的かつ介入的アプローチで補完します。

例えば、
腫瘍内科・・・抗がん剤による腫瘍制御、疼痛薬導入
緩和ケア外来・・・ 患者全体のQOL支援、意思決定支援
ペインクリニック・・・ 神経ブロックによる鎮痛補完、オピオイド減量支援

このような三位一体の連携により、疼痛のコントロール精度は飛躍的に向上します。

新しい選択肢として「痛みの主治医」を持つこと

厚生労働省の調査では、がん疼痛に神経ブロックが実施された割合はわずか2.9%(2020年度報告)と、欧米に比べて活用が進んでいません(厚生労働省, 2020)。新しい選択肢として再考することが望まれます。

がんによる痛みは、身体的苦痛にとどまらず、患者の人生そのものに深い影響を与えます。腫瘍内科・緩和ケア外来・ペインクリニックの密な連携により、「その人らしい時間」を守る医療が実現します。痛みの少ない日々は、残された時間の質を大きく変えるからです。

メリット
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解説

一般社団法人ペインケア 理事長 柿沼 勇太(かきぬま ゆうた)

麻酔科専門医、公衆衛生学修士。慶應義塾大学医学部を卒業後、大学病院や市立病院で15年以上にわたり麻酔科に従事し、疼痛緩和や気道管理を専門としてきた。痛みや睡眠障害、排泄の問題は生活の質(QOL)を大きく損なうことを実感し、日常の不調に対する予防的アプローチとセルフケアを推進している。